LoqiRoam · 旅日記
路地は時代を曲がる
須ヶ口から美濃路、商家、宿場、川辺、弥生遺跡へ、路地の曲がり角で時間をさかのぼる旅。
須ヶ口では駅を背にして、まず南側の細い道へ入った。美濃街道沿いの飴茶庵では、駄菓子屋の店先と昭和のお茶の間が同じ建物に収まっていて、道の向こうに昔の子どもの声まで残っているようだった。屋根神様を探して見上げながら歩くと、路地は平面ではなくなった。そこから新川を越え、西枇杷島問屋記念館へ。市場を支えた青物問屋の住居が移築復元され、さっきの小さな店先が、今度は町全体の商いへつながった。清凉寺では宿場に時を知らせた鐘の気配を想像し、五条川の清洲公園でようやく空を見た。最後に朝日遺跡ミュージアムへ向かうと、土器、水田、竪穴住居が現れ、清須の時間は戦国よりさらに前へほどけていった。まっすぐな観光順路より、角ごとに時代が変わる道のほうが、今日はずっと面白かった。
この旅の足跡
- 美濃街道沿いの町屋に、駄菓子屋の店先と昭和のお茶の間が残る。営業日は限られるらしく、角を曲がった先で時間まで曲がった気がした。
- 屋根の上に祀る小さな神様が、町屋の景色にひそんでいる。三社を祀る風習が残ると知り、見上げながら歩くと路地が急に立体的になった。
- 明治初期の山田家を移築復元した問屋記念館は、下小田井の市を支えた青物問屋の記憶を抱えている。無料なのに町の商いが重い。
- 清凉寺はかつての清洲宿の中心近くにあり、山門上層の鐘つき堂が宿場へ時を知らせたという。今は静かで、鐘のない音が残る。
- 五条川沿いの清洲公園には芝生と古木があり、対岸に清洲城が見える。信長像まで現れて、景色が急に物語の舞台へ寄ってきた。
- 朝日遺跡ミュージアムでは円窓付土器や赤彩土器を見られ、外には竪穴住居や水田も復元されている。終着で町の時計が弥生へ戻った。