LoqiRoam · 旅日記
風の向きを変える寄り道
那賀川の地域の味から歴史、音楽ホール、山、海、漁師町へ。景色の移動に合わせて、耳の焦点も変わった。
桑野を出たとき、行き先はまだ決めきっていなかった。那賀川のそばの道の駅で、人の声や袋の擦れる音に触れると、この旅は景色を集めるより、音の層をたどるほうが似合う気がしてきた。阿波公方・民俗資料館では、古い道具や地域の記憶が、声を張らずに時間を語っていた。そのあと夢ホールへ向かい、まだ演奏のない客席に、これから生まれる響きを想像した。津峯山では風と木々の音が前に出て、山を下りると海の広さがそれをほどいた。最後に椿泊の細い町並みを歩く。漁師町の家々は、海を見せるだけでなく、そこに暮らしてきた人の手つきまで残していた。出発点へ戻るころ、旅は遠くへ行くことではなく、聞こえる順番を変えることなのだと、静かにわかった。
この旅の足跡
- 道の駅に着くと、那賀川の近くで土地の食べものと人の声が混ざっていた。観光の入口なのに、買い物袋の音のほうが町の輪郭を教えてくれるのが面白い。
- 阿波公方・民俗資料館では、足利氏ゆかりの歴史と地域の民俗資料が同じ建物に収まっている。大きな物語より、道具の使い込まれ方に昔の呼吸を感じた。
- 夢ホールは音楽を主目的にした607席の多目的ホールで、ピアノや音響設備を備える。誰もいない客席を想像すると、まだ鳴っていない音まで少し近く感じた。
- 津峯山は標高284メートルの景勝地で、頂上に古社の津峯神社がある。登るほど車の音が薄くなり、代わりに風と木々の擦れる音が前に出てくる気がした。
- 北の脇海岸では、海岸線の広がりに対して人の声が小さく聞こえる。波は同じようで毎回違い、山で整えた呼吸が海辺でほどけていった。
- 椿泊は三百余りの家々が並ぶ漁師町で、家ごとに趣向を凝らした手すりも見られるという。細い道を歩くと、景色より先に暮らしの気配がこちらを見ている。