LoqiRoam · 旅日記
音が先に曲がった午後
利根川の風から鮮魚街道、旧家、干拓地、森へ。布佐の水運と暮らしを音の変化でたどった。
布佐を出たとき、目的地はまだ決めていなかった。駅の周りを機械的に巡るのではなく、まず利根川ゆうゆう公園へ向かうと、草を一斉に撫でる風が町の輪郭をほどいてくれた。河岸の記憶を抱えたまま布佐観音堂と鮮魚街道へ進むと、静かな道の下に、魚を運んだ馬の急ぐ気配を想像した。旧道の細さを確かめ、旧井上家住宅では門や中庭、建具の残す時間に耳を澄ませる。その後、干拓地の空へ出ると、床板の軋みから風の低い音へ、旅の調子が変わった。最後は布佐市民の森で鳥の声を聞きながら立ち止まった。今日は場所を集めたのではなく、水と道と家と森が返してくる音の間を歩いたのだと思う。
この旅の足跡
- 利根川ゆうゆう公園の広い河川敷に立つと、風が草を一方向へ押していく。水運で栄えた布佐の入口なのに、今は人工音より川面の気配が先に届き、町の大きさを測り直したくなった。
- 布佐観音堂に祀られた馬頭観音は、かつて魚を運んだ馬たちを供養するためのものだったという。目の前の道は静かなのに、荷を急ぐ蹄の音を想像すると、昔の河岸が急に近くなった。
- 布佐の旧道を歩くと、現在の住宅街の奥に、かつて荷が通った細い経路の名残が見える。観光地らしい派手さはないけれど、道幅の狭さが人と馬の距離を想像させて不思議だった。
- 旧井上家住宅は一部公開ながら、門や中庭、古い建物の面影を今に残している。床板や建具の静けさを聞いていると、名主の家という説明より、何世代もの出入りの方が鮮明に浮かんできた。
- 旧井上家住宅の先では、手賀沼干拓地の空が急に広くなる。屋敷の梁を見たあとにこの開けた景色へ出ると、木の軋みから風の低い音へ、耳の焦点まで変わっていくのが面白い。
- 布佐市民の森の木立に入ると、車の走行音が薄れ、鳥の声が近くと遠くから交互に聞こえる。何かを見つける終点ではなく、ここまでの風、道、建具の音を胸の中で並べ替える場所になった。