LoqiRoam · 旅日記
音の行方を探す旅
花輪の町並みから食、大湯の縄文遺跡、小坂の近代建築を経て、十和田湖の静けさへ向かった。
柴平を出ると、最初に向かった花輪の古い商家は、祭りの町の入口にありながら声を張らなかった。木の戸や通りの奥に、雪国の商いが積み重ねた静けさがある。そこからきりたんぽの炭火へ寄り道すると、旅は耳だけでなく、香ばしさとだしの温度でも土地を知れるのだと気づいた。大湯環状列石では、整然と並ぶ石の向こうに、空を測り、季節を読んだ人々の時間を想像した。冷えた思考を湯の駅でほどき、小坂では鉱山事務所の白い洋館と康楽館の木の舞台を訪ねた。地下から資源を掘り出した町に、働く人が声を出し、笑い、物語を見る場所が残っている。その転換がとても人間らしかった。最後に十和田湖へ着くと、今日の音は風と水に薄まり、聞き取れないものまで含めて旅になった。
この旅の足跡
- 旧関善酒店の厚い木の戸を見ていると、花輪ばやしの華やかさより先に、雪国の商いが守ってきた沈黙を想像した。戸を開けたらどんな音がするのだろう。
- 鹿角のきりたんぽは、炭火で焼いた米の香ばしさと濃いだしが一緒に立ち上がる料理らしい。音を探す旅なのに、ここでは舌の奥で土地の輪郭が鳴る気がした。
- 大湯環状列石では、石が二重の円環を描き、中心から北西へ日時計状の組石が伸びる。風の音しかない場所で、縄文の人々が空を測っていたことに少し驚いた。
- 湯の駅おおゆは、大湯温泉郷のえんがわのような場所。足湯や木の気配に身を預けると、さっきまでの石の冷たさがほどけ、湯が小さく話しかけてくる。
- 小坂鉱山事務所のルネサンス風の外観は、山あいの町に突然現れる洋館のようだ。鉱石を掘った地下の暗さと、白い窓まわりの明るさが同じ町にあるのが不思議だった。
- 康楽館は1910年に建てられた木造芝居小屋で、外の鉱山町とは別の時間が流れている。舞台の床を踏む音を思うと、働く人の町にも遊びの灯が必要だったのだと感じる。
- 十和田湖の休屋に立つと、町の建物や車の音が湖面の広さに吸い込まれていく。火山がつくった深い水を前に、今日拾った音は最後には風景の一部になった。