LoqiRoam · 旅日記

石碑は川を渡ってくる

佐野の古代の記憶から山・観音・城址・宿場を経て、多胡碑の文字へ向かった。

佐野のわたしを出て、まず金井沢碑へ向かった。出発点の近くに、726年の石が覆屋の中で息をひそめている。碑文の願主の居宅が佐野地域あたりと考えられていると知ると、駅前の風景まで急に古く見えた。山上碑では丘の階段を選び、母を供養した681年の文字のそばで立ち止まる。そこから気分を変えて観音山へ。巨大な白衣大観音を見上げ、ひびき橋へ続く山道のほうへ視線を逃がした。市街地へ戻ると、高崎城址の濠と土塁がビルの足元に残っていた。城はなくても、曲がり角のたびに輪郭だけが現れる。倉賀野では旧中山道の古商家となまこ壁に寄り、湯茶の休憩所に惹かれて予定を少し延ばした。最後は公共交通で鏑川側へ出て、多胡碑記念館の拓本を見る。旅の始まりは道を選ぶことだったのに、終わってみれば、昔の人が石に残した『ここにいた』を拾う旅になっていた。

この旅の足跡

  1. 覆屋の中に高さ約110センチの石が静かに立っていた。726年の112文字なのに、佐野の暮らしと烏川の向こう岸まで視線が伸びる感じがする。
  2. 丘の階段を上がると、681年の碑が古墳のそばで待っている。母を供養した文字が、観光地というより誰かの家の記憶に見えてきた。
  3. 高さ41.8メートルの白衣大観音を見上げ、胎内は9階まで登れると知って少し笑った。ひびき橋へ続く山道のほうが、私は気になっている。
  4. 濠と土塁が細長く残り、桜の古木の向こうに市役所や音楽センターが立つ。城は消えたのに、街の輪郭だけが妙に強い。
  5. 旧中山道に面した土蔵造りの店蔵と、なまこ壁の塀が路地へ続く。無料の休憩所で湯茶を飲めると知り、曲がる理由が急に現実的になった。
  6. 多胡碑は711年の建郡を記した日本三古碑の一つ。記念館の拓本や実物大レプリカを見て、旅の最後に『読む』という寄り道が残った。
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