LoqiRoam · 旅日記
水の名から、白壁の門まで
泉、宿場、寺社、古代国府、陣屋を小道でつなぎ、看板の背後にある垂井の時間を歩いた。
垂井で最初に足を止めたのは、観光の入口らしい場所ではなく、大きなケヤキの根元から湧く泉だった。町の名前の由来とされる水を見ていると、この散歩は名所を集めるより、土地が自分で残してきた手がかりを拾う旅になりそうだと思った。宿場の家並みへ入ると、八重垣神社の小さな境内、本龍寺の脇本陣由来の門、芭蕉の時雨庵が、道の曲がり角ごとに時間の厚みを変えてくれた。亀丸屋の格子を眺めてから南宮大社へ向かうと、旅籠の往来が金属信仰の大きな朱色へ開いていく。さらに美濃国府跡では、建物のない草地に古代の正殿や朱雀路を想像し、最後は岩手の竹中氏陣屋跡へ。濠と白壁の櫓門を前にすると、今日見てきた看板や道が、誰かの暮らしと統治の線を今へ運ぶ装置だったように思えた。
この旅の足跡
- 大きなケヤキの根元から湧く垂井の泉は、地名の由来とされる名水だった。水面をのぞくと、町の名前が風景から生まれた感じがする。
- 八重垣神社は後光厳天皇ゆかりの勅願の宮で、宿場の家並みの中に由緒が残る。小さな境内なのに、町の時間が急に長くなる。
- 本龍寺の山門と書院玄関は、かつての脇本陣から移されたもの。芭蕉の時雨庵まで残る境内で、旅人の休息が今も形を持っている。
- 亀丸屋は1777年築の垂井宿の旅籠で、鉄砲窓や格子、鶯張りの廊下が残る。営業を終えた建物なのに、入口の向こうに人の往来が見える。
- 南宮大社は金山彦大神を祀る美濃国一宮で、全国の金属業や鍛冶と結びつく。朱の社殿を見ていると、信仰が産業の看板にも見えてくる。
- 美濃国府跡では正殿と東西の脇殿、幅約18メートルの朱雀路が確認された。草地の静けさの中で、見えない役所の直線を探したくなる。
- 竹中氏陣屋跡には櫓門、石垣、土塁、幅5メートルほどの濠が残る。白壁の門だけが過去の輪郭を保ち、最後に強い遠近感を残した。