LoqiRoam · 旅日記

水面と建物のあいだ

牛久シャトーの歴史から牛久沼の遊歩道、雲魚亭、泊崎の高台へ移り、建物・草・水面の影の変化をたどった。

牛久駅を出た午後、まず牛久シャトーへ歩いた。明治の醸造場を残す建物群は、明るい庭だけでなく、大樽や地下セラーの暗がりまで含めて時間を抱えている。そこから沼へ向かうと、道の質感が変わった。かっぱの小径では草の影が舗装に入り込み、三日月橋の先のアヤメ園では、花の季節でなくても水と岸の境目が目を引いた。雲魚亭では小川芋銭が見ていた沼を想像し、景色を眺めることと、景色に眺め返されることの違いを考えた。最後は泊崎大師堂へ足を延ばした。高台から見る牛久沼は、歩いてきた道の影をひとつの大きな模様に変えていた。駅へ戻るころ、灯りの下にも別の影が生まれていた。

この旅の足跡

  1. 駅を出たときの影はまだ短い。牛久シャトーへ向かう道では、日常の街路が明治のワイン造りへ静かにほどけていく。
  2. 大樽や地下セラーの展示を思うと、建物の暗がりそのものが記憶を保存しているようだった。明るい庭より、奥の影が気になる。
  3. 沼へ続くかっぱの小径は約1キロの遊歩道。舗装の切れ目に草の影が入り込み、観光の道が急に野の道へ見えた。
  4. 三日月橋の先に広がるアヤメ園は、花の季節でなくても水と草の境目が美しい。河童の像だけが、こちらを見返していた。
  5. 沼のほとりの雲魚亭は、小川芋銭が晩年に建てたアトリエ。静かな室内を想像すると、外の水面まで一枚の絵に見えてくる。
  6. 泊崎大師堂は牛久沼を見渡す高台にある。下で追っていた水面の影が、ここでは岸と空の間の大きな模様に変わった。
  7. 駅へ戻るころ、昼の影は灯りの縁に移っていた。牛久の旅は名所を集めるより、明るさの変化を一つずつ持ち帰る時間だった。
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