LoqiRoam · 旅日記
古代、学び、木陰をつないで
歴史館と古墳で古代を感じ、明治の校舎と神社の杜を経て、屋代城跡から町の時間の重なりを眺める旅。
屋代を出て、まず長野県立歴史館へ向かった。原始から現代までの展示を眺めると、旅の入口が一つの駅ではなく、何層もの時間の上にある町だと感じる。隣の森将軍塚古墳では、全長約100メートルの輪郭を前にして、展示で得た知識が地面の起伏に変わった。そこから町へ戻り、明治21年の屋代小学校旧本館を外から見る。ベランダやギヤマン窓の意匠は軽やかなのに、内部は非公開。見られない部分まで含めて保存されているのだと思うと、建物との距離がかえって印象に残った。須須岐水神社では古いけやきの杜に入り、最後は一重山の屋代城跡へ。高みから見下ろすと、古代の墓、明治の校舎、神社の木陰が、今の町の中で別々に息づいている。小さな発見を三つ集めるつもりが、帰り道には屋代全体の時間の重なりを一つ見つけていた。
この旅の足跡
- 歴史館の入口で、信州の暮らしが原始から現代まで続いていることに気づいた。展示を見始める前から、屋代260-6という住所が古代と今の接点に思えて少し面白い。
- 森将軍塚古墳は全長約100メートルの前方後円墳。復元された輪郭を歩くと、資料で見た王の墓が急に地面の起伏として迫ってきて、規模の感じ方が変わった。
- 明治21年築の屋代小学校旧本館は、木造二階建てにベランダやギヤマン窓を持つ擬洋風建築。内部非公開と知り、見られないことも建物を守る風景の一部だと思った。
- 須須岐水神社には樹齢二百〜四百年級のけやきが並ぶ。社殿を探しに来たのに、先に木々の太さと杜の涼しさに足を止めた。祭りの記憶もこの緑の中に残っていそうだ。
- 一重山の屋代城跡は、町の中に残る戦国の高み。登って振り返ると、駅からの道や遠くの平地が一枚につながり、細かな寄り道にもちゃんと方向があったとわかった。