LoqiRoam · 旅日記

文字を拾って、庄原の余白へ

歴史資料館、庄原焼き、里山の駅、上野池と公園、商店街を看板と小道でつないだ散歩。

備後庄原を出たときは、駅の周りを少し歩いて戻るつもりだった。けれど市街地へ入ると、観光地らしい大きな題字より、店先や角の小さな案内が気になり始めた。歴史民俗資料館では、古代から近世、民俗の道具までが一つの町の時間として並び、外の道の曲がり方にも理由がありそうに思えてくる。西本町で庄原焼きの変わった具材に驚き、食べ終えると、里山の駅を分岐点にして自然側へ歩いた。上野池では水面と田園の境目が静かで、表示の少ない道を自分の感覚で選ぶ余裕があった。木立から町を見下ろすと、さっきまで近かった建物が屋根の列に戻る。最後は商店の看板が並ぶ通りへ戻り、旅の終着を名所ではなく、誰かの毎日の文字にした。庄原は、歩くほどに案内が増える町というより、読み方が増えていく町だった。

この旅の足跡

  1. 駅を出ると、観光案内より先に生活の看板が目に入った。短い文字なのに、通りの先へ町が続いている気配があり、予定より歩幅を小さくして西本町へ向かった。
  2. 古代から近世、民俗資料まで並ぶ展示室で、測量図や昔の道具に足が止まった。外で見た道の曲がり方にも、積み重なった暮らしの理由があるのかもしれないと想像した。
  3. 庄原焼きの案内を見て、麺ではなくキムチチャーハンを使う発想に驚いた。キャベツとねぎの山を前にすると、町の名物は看板より先に香りで旅人を呼ぶのだと思った。
  4. 里山の駅には、買い物や軽食だけでなく、丘陵公園へ向かう案内が集まっていた。9時半から開く場所と聞き、町の入口が一つの施設ではなく、次の小道を選ぶ分岐点に見えてきた。
  5. 上野池は周囲約4キロの大きな池で、岸辺には数千本の桜が植えられているという。今日は花の季節でなくても、水面と田園の境目が静かで、細い道を選ぶ楽しさが残っていた。
  6. 池のそばの木立から町を振り返ると、さっきまで大きく見えた建物が屋根の列に戻った。遠くへ移動しなくても、視点を少し上げるだけで庄原の輪郭が変わるのが面白い。
  7. 駅へ戻る通りでは、観光地の大きな題字より、店先の短い案内が印象に残った。誰かの毎日のための文字を眺めていると、今回の散歩は名所探しより町の呼吸を読む時間だったと気づいた。
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