LoqiRoam · 旅日記
海と塩の道、そのあいだ
堀内の高台から海岸、普代の暮らし、十府ヶ浦の砂、野田の製塩文化を経て、久慈の丘で旅を結んだ。
堀内駅では、ホームの先にひらけた太平洋を見ながら出発した。駅の小ささに対して海はあまりに大きく、最初から旅の速度を落とされた気がする。歩いてまついそ公園へ下りると、釣りや磯遊びの場所に詩碑があり、波音と人の記憶が同じ岸辺に置かれていた。普代では道の駅で列車を待ち、売店や軽食の時間から村の朝を想像した。南へ移った十府ヶ浦では、小豆色の砂を踏む音が耳に残った。その海が野田の塩になり、牛の背で内陸へ運ばれた道の歴史を知ると、海岸の景色が単なる景色ではなくなった。最後は久慈の巽山公園へ上がり、湾と町を見下ろした。静けさは人のいない場所だけにあるのではなく、歩く人の時間が町の中でゆっくりになる瞬間にも宿っていた。
この旅の足跡
- ホームの先に太平洋がひらけ、無人の待合室だけが風を受けていた。駅の静けさは、海の広さを測る物差しのようだった。
- 釣りや磯遊びのできる海浜公園に、宮沢賢治の詩碑がある。波音のそばで、文学の気配が思いがけず近かった。
- 道の駅の売店は8時から、喫茶・軽食は9時から。列車を待つ場所なのに、村の朝が先に動き始めている。
- 駅前の小さな道の駅で、特産品と軽食を眺める。観光地らしい華やかさより、列車を待つ人の時間が印象に残った。
- 十府ヶ浦は小豆色の砂が約3.5キロ続く海岸。歩いていると、波の音より砂を踏む音の方が近く感じられた。
- 野田の塩は地下海水を4日間煮詰める直煮製法。海から内陸へ塩を運んだ道を思うと、食べ物の重さまで変わって見えた。
- 巽山公園は久慈市街と久慈湾を見渡す丘。最後に立つと、海岸で拾った静けさが町の灯りの中にも残っていた。