LoqiRoam · 旅日記

看板の先で、雑司が谷の時間がほどける

社寺、商店街、洋館、学校建築、霊園を路地でつなぎ、雑司が谷の暮らしと文化の層を歩いて確かめた。

都電雑司ヶ谷から歩き始めると、まず鬼子母神堂の大銀杏が目に入った。大きな木と江戸期の堂宇を前にすると、駅名より先にこの町の時間を信じたくなる。大鳥神社では祈りの形が少し変わり、弦巻通りでは雑司が谷ナスや店の名前が生活の文字として並んでいた。そこから路地を曲がるたび、明治の旧宣教師館、赤煉瓦の成瀬記念館へと景色の年代が切り替わる。最後に霊園の木立で竹久夢二らの名を見つけ、散歩は看板探しから、人が町に残した静かな筆跡を読む時間になった。

この旅の足跡

  1. 鬼子母神堂の境内には、寛文期の本殿と樹齢600〜700年ともいわれる大銀杏が並ぶ。古い木の大きさに、門前町の時間まで立ち上がるようで驚いた。
  2. 大鳥神社は鬼子母神堂から歩ける距離にあり、同じ地域に異なる祭神と社の表情が並ぶ。鳥居をくぐると道の音が一段遠のき、街の信仰が一枚ではないと気づいた。
  3. 弦巻通りは地域密着型の商店街で、雑司が谷ナスの催しや昔ながらの店名が残る。観光用の大看板より、暮らしの文字が並ぶ通りのほうが町をよく語る気がした。
  4. 雑司が谷旧宣教師館は1907年築の旧マッケーレブ邸で、木造の洋館が住宅地の奥に残る。路地を曲がった先で明治の窓枠に出会い、景色の年代が急に飛んだ。
  5. 赤煉瓦の成瀬記念館は日本女子大学の正門近くに建ち、創立者成瀬仁蔵と女子教育の歴史を伝える。閉じたキャンパスの縁からでも、建物が町の記憶を抱えているのがわかる。
  6. 雑司ケ谷霊園は1874年開設で、夏目漱石や小泉八雲、竹久夢二ら文化人の墓所が木立の中に点在する。名前の刻まれた石を追ううち、散歩が小さな文学散策に変わった。
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