LoqiRoam · 旅日記

明るさの小さな順番

庭の開き方から灯火具、書画、祭屋台、栗材の小径、栗菓子へ。光の変化を、町の暮らしと素材の順番で拾った。

都住を出たときは、雲の向こうの山を見ようとしていた。けれど南西へ歩くうち、庭の入口に立つ小さな案内板が先に目に入った。人の家の庭を、花を見るために少しだけ通り抜ける。町は名所の集まりではなく、暮らしの境目がゆるやかに開いている場所だった。日本のあかり博物館では、行灯の明るさが部屋の奥行きを変えた。暗いから見えないのではなく、暗さがあるから見えるものが増える。高井鴻山の古い建物、北斎の天井絵へ進むと、光は道具から人の記憶へ移った。最後に栗の小径を歩く。栗材の木レンガは足音を吸い、土壁の薄い反射だけを残す。店先の栗鹿ノ子を眺めながら、今日拾った光は、明るさそのものではなく、明るさが変わる瞬間だったのだと思った。

この旅の足跡

  1. 庭先の案内板がある家では、本当に知らない人も入ってよいらしい。花を眺めるより先に、暮らしの境目をそっと越える感覚に驚いた。
  2. 明治の米蔵を改装した展示室では、行灯の明るさが部屋の大きさまで変えて見える。火打ち石の火は小さいのに、暗さの存在をはっきり教える。
  3. 二百年ほど前の建物に入ると、紙と木の表面が昼の光を細かく分けていた。北斎を招いた人の書画は、作品より先に部屋の静けさを語っている。
  4. 祭屋台の天井に描かれた龍と鳳凰は、平面の絵なのに見上げる角度で動き出す。晩年の筆が、町の祭りの時間まで抱えているようだった。
  5. 栗の木を小さな角材にして敷いた道は、石畳よりも足音が柔らかい。土壁と黒瓦の間で、細い水路だけが空の色を先に運んでいた。
  6. 大きな暖簾の奥に、栗鹿ノ子の丸い栗が並ぶ。歩いている間に拾った茶色や金色が、甘さとして一つにまとまるのが面白い。
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