LoqiRoam · 旅日記

木陰から山の入口へ

赤坂宿の境界、祭礼、旅籠、資料室を経て、宮路山の入口で静けさを深めた。

名電赤坂を出て、旧東海道の東見附跡へ向かった。門そのものは残っていなくても、宿場へ入る境目を意識すると、何気ない道の曲がり方に役割が見えてくる。杉森八幡社では、千年ほどと伝わる夫婦楠の根元に立ち、明治5年に舞台開きをした農村舞台を眺めた。誰かが演じ、誰かが竹の屋根を組み、誰かが客席で息をひそめた時間が、木々の間にまだ置かれているようだった。大橋屋では、梁の見える吹き抜けを見上げ、宿場が単なる通過点ではなく、旅人の疲れを受け止める生活の場だったことを考えた。資料室で町の構造を読み直したあと、宮路山の登山口へ向かう。雨の後は滑りやすいという注意を胸に、登頂を急がず、街の音が薄れるところで歩みを止めた。

この旅の足跡

  1. 駅から少し歩くと、赤坂宿の東見附跡が旧東海道の入口を示していた。門は消えても、ここから町の見張りが始まったと思うと、道の幅まで違って見えた。
  2. 杉森八幡社には推定樹齢千年の夫婦楠と、明治5年に舞台開きをした農村舞台がある。巨大な木のそばで、野外の芝居を想像する不思議な静けさがあった。
  3. 大橋屋は文化6年の赤坂宿大火以降に建てられたと考えられ、梁の見える吹き抜けを持つ。旅人を泊めた家の奥行きに、消えた会話の長さを感じた。
  4. 音羽生涯学習センター内の赤坂宿場資料室は、宿場の歴史を今の町に重ねて見せてくれる。図書館の静けさも加わり、歩いた道を頭の中でゆっくり編み直せた。
  5. 赤坂宿から宮路山登山口へ向かう道では、町の看板や車の音が少しずつ薄れた。登山マップには雨天後は滑りやすい注意があり、山へ急がない判断も旅の一部になった。
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