LoqiRoam · 旅日記

石が来た道、城へ曲がる道

縄文遺跡、舟川の農の景色、たら汁、ヒスイ海岸、海辺のテラスを経て、宮崎城跡から町と海を見渡した。

泊を出て、まず南へ曲がった。海を目指す旅なのに、最初に現れたのは縄文の大きな住居跡だった。そこでは家族の暮らしより、村全体が集まる場所という想像のほうがしっくりくる。舟川べりでは、桜とチューリップと菜の花の華やかさの裏に、摘み取った花を土へ返す手仕事があった。景色は偶然できたように見えて、実はずいぶん几帳面だ。境ではたら汁を選び、熱い汁で歩く速度をいったん落とした。そこからヒスイ海岸へ出ると、今度は人ではなく石が旅をしてくる。波に磨かれた石を眺め、ヒスイテラスの屋上で海を見下ろすと、さっきまで足元にあったものが遠い地質の話へ変わった。最後は宮崎城跡へ。海岸の軽さから山城の警戒へ、道の雰囲気が一度だけ大きく折れる。曲がり角は近道ではなく、町の時間を切り替える装置だったらしい。

この旅の足跡

  1. 床面積約115平方メートルの巨大な縄文住居跡。集会所だったかもしれない場所に立つと、家というより村の広場を屋根で包んだように感じる。
  2. 舟川の両岸約1,200メートルに桜並木が続き、摘み取ったチューリップを桜の肥料にする循環まである。花の名所なのに、農家の工夫が主役に見えた。
  3. 境の食堂では、タラを丸ごと使う郷土料理のたら汁が看板。海へ向かう途中で鍋を選ぶと、旅が急に生活の匂いを帯びてきて少し嬉しい。
  4. 幅約100メートル、東西約4キロの砂利浜で、糸魚川方面から運ばれたヒスイが打ち上がる海岸。波音を聞くと、本当に石が旅をしてきたのか気になる。
  5. ヒスイ海岸の目の前にある交流施設で、屋上テラスやレンタサイクル、海岸へ直接出られる動線がある。駅前なのに、視線だけは水平線まで逃げていく。
  6. 標高248メートルの城山に築かれた宮崎城跡は、越中と越後の境を押さえた山城だった。海を見下ろす最後の坂で、旅の曲がり角が急に防衛線へ変わる。
地図と足跡で読む