LoqiRoam · 旅日記
若松で拾った三つの小ささ
湿地、港の休憩所、町に守られた建物をたどり、若松の自然と歴史を人の目線で拾う旅。
奥洞海を出ると、まず向かったのは響灘ビオトープだった。埋め立て地の凹凸が湿地や池や草地になり、野鳥観察の小窓まで用意されている。工場の気配が近いのに、目を凝らすほど静かな場所だった。そこから若松の港町へ戻り、地元の人々が保存を願った旧古河鉱業若松ビルを見る。大正の建物そのものも立派だが、残したいという意思が建物を現在につないだことに心を動かされた。海岸では、ごんぞう小屋という小さな休憩所に寄った。石炭を運んだ人たちの詰所を思わせる場所から若戸大橋を眺めると、巨大な港の歴史が急に人の手の届く大きさになる。最後は河伯洞で作家の書斎を想像し、高塔山へ。橋、湾、工場の灯りを見下ろしながら、今日集めたのは名所三つではなく、再生する湿地、守られた建物、働く人の小屋という三つの小さな発見だったのだと気づいた。
この旅の足跡
- 埋め立て後の凹凸が湿地や池、草原になった響灘ビオトープ。観察デッキの小窓から野鳥をそっと見ると、工業地帯の隣にこんな静かな水音があるのかと驚く。
- 大正8年の旧古河鉱業若松ビルは、解体案を地元の署名と寄付で救われた建物。石炭港の歴史より、残したいという町の意思の方が強く見えるのが意外だった。
- 若松南海岸の旧ごんぞう小屋は、石炭運搬を担った沖仲仕の詰所を再現した小さな休憩所。湾の向こうの若戸大橋を眺めると、働く場所と休む場所が近かった時代を想像する。
- 火野葦平が1940年から晩年まで暮らした河伯洞。河童好きから名付けた二階の書斎で作品が生まれたと知り、坂の町には景色だけでなく想像力の居場所もあるのだと思った。
- 標高124メートルの高塔山公園から、若戸大橋、洞海湾、響灘、工場の灯りまで一望できる。展望台の近くに河童封じの地蔵尊があるのも、壮大さの中の小さな可笑しさだ。