LoqiRoam · 旅日記

三つの川へ向かう歩幅

志和地から三次へ移り、ワイナリー、石畳の町並み、文化施設、寺、三川合流、展望台をつないで静かな生活の気配を探した。

志和地を出たとき、今日は駅の近くで終わるかもしれないと思っていた。けれど道を調べるうち、三次には仕事の匂い、古い町の折れ曲がり、川の合流、山からの眺めがそれぞれ違う静けさを持っていると分かり、少し範囲を広げた。最初に立ち寄ったワイナリーでは、ぶどうや地元の食材が観光の飾りではなく、今も続く手仕事として感じられた。三次町の石畳では卯建の商家や小路の名前を追い、歩く速度が自然に遅くなった。もののけの展示は想像より静かで、土地の記憶を残すことの粘り強さに目が向いた。鳳源寺の坂を下りると、町音は川音へ変わった。巴橋のそばでは三つの川が巴状に集まる地形を眺め、最後に尾関山へ上がった。上から見ると、今日の寄り道は点ではなく、水と町に沿って続く一つの呼吸になっていた。

この旅の足跡

  1. ぶどうの香りを探して入った場所で、地下の木樽と地元食材の料理が同じ建物に収まっていた。観光施設なのに、土地の仕事の気配が近い。
  2. 石畳の道に卯建の商家や昔ながらの看板が続き、角を曲がるたびに町の速度が変わった。古さが飾りではなく、今の店先に残っている。
  3. 妖怪の展示を想像して入ったが、残ったのは奇抜さより、土地の記憶を集め続ける人の粘り強さだった。静かな展示室ほど想像が広がる。
  4. 寺の境内では、三次藩主の菩提寺という由来が建物の落ち着きに重なって見えた。観光の説明を離れると、坂の向こうの町音だけが残った。
  5. 巴橋の下流で、江の川に馬洗川と西城川が寄り添う地形を眺めた。橋は町の記号なのに、水の流れを見ていると記号より先に地形が語り始める。
  6. 山頂の展望台から市街地と川を見下ろすと、歩いてきた道が一本の線ではなく、水に沿う幾つもの気配として見えた。帰る方向を決めるのが少し惜しい。
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